2011/05/15 Sun

ありがとうございました

闇に隠れて生きる♪ってわけでもないんですけど(笑)
このブログは終了します

さようなら

私
posted by (C)ちゃこ

I'll see you in another life!!

posted by itsuyo at 09:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | ごあいさつ

2011/05/14 Sat

どんな世界を生きるにしても…

「主体性を持って生きる」というのは難しかことですたい…
しかし、がんばろうね(^_^)
posted by itsuyo at 14:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 神戸総括

もう何も言うまい。

「世の中に向って何か特に言いたいことがあるわけでもなく、・・・」な状態で始めたこのブログ。たとえ独り言でもいちおう公の場におけるというのが私にとってはとても重要なことに思えて今日までいちおう続けてきましたが、まぁ、もう、そんな個人のブログに意味があるのかないのかみたいなところの話ももうすでに何年も前に個人のブログというものが誕生した段階で偉い人たちによって散々っぱら話し合われてきたことでしょうし、だからあえて今ここで私が無理して考えて言葉にする必要もなく…、

やっぱり個人としては非力に耐えて日常を生きるしかないのかなと。

なんだかわかったようなわからないような…

untitled(ぶた)
untitled(ぶた) posted by (C)ちゃこ

posted by itsuyo at 13:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき

2011/05/12 Thu

日々勉強

3月11日に軽い揺れ(しかし不安を感じる長い横揺れ)を感じて以来、
テレビにかじりついた2日間と、あとはネットの中で得る情報のみが
私にとっての震災です。

神戸新聞|全国海外ニュース|東日本大震災|東日本大震災から2カ月


こんなんでいいんだろうか? という贅沢な疑問・悩みに翻弄されることなく、日々の生活に感謝して、それを全うすることが「生きる」ってことなんだろうなぁなんて、わかったようなことを思ってみたり否定してみたり…

自問自答の対話でさえシドロモドロになってしまう私ですが、

やっぱり自分が享受できる環境・立場に感謝してそれを守り・育てて行くよりほかないのでしょうねぇ…

よくわかりませんが(-_-)

untitled(豆ごはん)
untitled(豆ごはん) posted by (C)ちゃこ

posted by itsuyo at 11:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 神戸つぶやいて総括

2011/04/21 Thu

雑な脳?脳が雑?

引っ越ししてから…と思って、
去年一昨年と植え替えを先送りにしていた観葉植物☆

引っ越しの予定が具体的にならないまままた春を迎えてしまい、

さすがにもう限界だろうと思って、
ようやく植え替えました。

スッキリ(^_^)

untitled(観葉植物)
untitled(観葉植物) posted by (C)ちゃこ

昨日から二十四節気でいうところの「穀雨(こくう)」
「穀物を育てる春の雨の降る頃」ですが、

原爆の『黒い雨』のおはなしを「放射能=雨」と雑に記憶している私は、なんとなく雨が降ると不安になってしまいます。


雑な記憶は脳に悪いなぁ…

てか、脳が悪いから雑にしか記憶できないのか…(>。<)



雑な脳しててなんですけど、

神戸新聞|全国海外ニュース|東日本大震災|復興法案、大型連休明けに提出

「連休明け」て…
そういう尺度というのか言葉というのかは今は使うべきじゃなくない??

posted by itsuyo at 10:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき

2011/04/18 Mon

なんだかなぁ…

ひとつところにずーっと留まっていたいというわけではないのだけれど、
もうちょっとひとつものごとに腰を据えてもいいんじゃないのかなぁっていうかなんていうか…


神戸新聞|全国海外ニュース|東日本大震災|震災の死亡・不明2万7931人


untitled(名前を知らない植物)
untitled(名前を知らない植物) posted by (C)ちゃこ

posted by itsuyo at 13:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき

2011/04/12 Tue

ニッポン人?!として

ヒマさえあれば YouTubeで 政治にまつわるものなどを見て、
自分を洗脳?にさらす日々が続きました…


神戸新聞|全国海外ニュース|東日本大震災|2時46分、被災地に祈り



untitled(たんぽぽ)
untitled(たんぽぽ) posted by (C)ちゃこ

posted by itsuyo at 12:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき

2011/03/29 Tue

12日に行く予定だった京都へ、一昨日行ってきました。
自身の見聞を広めるためと、たまのお墓参りが目的なので、特に今絶対に行かなければならないということもなかったのですが、11日にすでに電車の格安チケットを買ってしまっていたので、それを口実にして行ってきました。

東日本大震災の発生から16日(今日3月29日で18日)

依然として行方不明の方が大勢いらっしゃる中、同じ日本国民としてたいへん不謹慎なのですが、観光気分を満喫し、気の早い桜に出会って、よい気分転換になりました。

一足早い春のお裾分けになりますように…
桜 2011
桜 2011 posted by (C)ちゃこ

そして、「被災地の内と外では震災に対する温度差がある」ということを強く強く感じています。

神戸新聞|全国海外ニュース|東日本大震災|検視済みの3割身元不明
http://www.kobe-np.co.jp/


しかし、こういう「温度差のようなもの」は 震災によって表面化している(わかりやすくなっている)だけで、前々からいつもいつもあることだと思います。

「でも、だからこそ、今!」という気持ちももちろんあるのですが、それと同時に『ゆっくりを恐れない…』という気持ちも大切にしていたいと思います。

『ゆっくりを恐れないこと。』「田口ランディ」さんが原子力のことについて書かれた文章の中にあった言葉です。

田口ランディ「いま、伝えたいこと」 : コミュニケーションの回路ができなければ、世界は悪循環に陥る
http://runday.exblog.jp/


私は普段から「はやる気持ち」というのをおさえるのが苦手で、とるにたらない日常の動作においても「ゆっくり、ゆっくり」と自分に言い聞かせなければならない時が多々あります。子育て中の友達が小さい子供を諭す時に言っていた「じ・ゅ・ん・ば・ん、順番でしょ〜」というフレーズもその度に思い出しています…

私のようにしていたんじゃ、人生がいくつあっても足りないかな?(時間が足りない、力が足りない、…足りないづくし)という気もするのですが、…。

posted by itsuyo at 12:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき

2011/03/24 Thu

続・日本人として…

時々拝読している「よしもとばなな」さんのウェブ日記に
こんなことが書かれてあった…

2011年3月12日・・・ただのお泊まり会みたいに楽しく夜を過ごした。ずっとTVを観ていても気持ちが沈むばかりで、ERを観ていたら(あんなにたいへんな番組なのに!)かえって気持ちが落ち着いた。きれいなもの、好きな番組、面白いもの、音楽、好きな人たちの声、そんなものに触れないと、おかしくなってしまう。逃避じゃなくて、不謹慎でもない。植物に水をやるように、心や神経も栄養がほしいんだ。自分の、たったひとつの大切な心や神経を弱らせる方が、不謹慎だと今は感じる。

よしもとばなな公式サイト | 日記 | 2011年03月
http://www.yoshimotobanana.com/diary/


そして図書館でふらっと借りた本(「丸山健二」さんの『田舎暮しに殺されない法』2008年 朝日新聞出版発行。普段なら絶対に読まないという選択をするはずの本を、なんとなくそういう自分の選択に反してみたくなって読んでみた…)にも、

同じような価値観の反転といいますか何というのでしょう??

一見、逃避・不謹慎に思えることでも、それをしないことの方が逃避であり、それをしないことによって生じることの方が不謹慎というようなこと??

↓ 以下は丸山健二さんの本からの抜粋
 (震災とはまったく関係がありませんが…)

・・・もしもあなたが人を殺すくらいならば殺されるほうがまだましだという、一見高潔そうな信念を持っていたとしても、また、絶命する間際において一切後悔を感じなかったとしても、あなたは二重の罪を犯したことになってしまうでしょう。
 ひとつは、おのれ自身に与えられているせっかくの命を、必死に闘えば守れたかもしれない命を、いとも簡単に見捨ててしまったという罪。
 そしてもうひとつは、・・・



という、これは「もし強盗に襲われて殺されそうになったらあなたならどうするか」ということについて書かれた文章なのですが、

これもつまり「一見 ◯○でも」「実は ◯○」

みたいな?

こと。

これまで「良い」と思っていたことがころっと一転して「悪い」と思えてくるというか?? またその逆も然り。しかしそれは単純な裏表的な関係ではなく、だから「転んで」変化するというよりかは、思考が「もうひとつ奥へ進む」という感じかな??

なんかそういうことが気になる今日この頃です。



それと、もうひとつ…

これもこれまでなら絶対に読まなかった本(「木津龍馬」さんの『スピリチャル・グリーン みどりの癒し』2006年 竹書房発行)

この中で、(これも震災にはまったく関係ありませんが…)


・・・食事、娯楽、趣味に没頭する人間は、社会や政治から意識が離れ、非常にコントロールしやすい「一般大衆」になります。・・・


という気になる一文がありました…

この文章、「食」について書かれたものなのですが、この一文だけをとりあげてしまうと何について書かれた文章なのかわかりにくいので、前後をもう少し引用させていただくと…

 戦後から高度成長期にかけて、日本人の食べものはかなり満たされてきました。この時に各食品メーカーが商品を売るために、まず考えたのが「新しい味で日本人の味覚を刺激させてあげよう」ということです。そうやって出現したのがファーストフードであり、スナックであり、欧米から輸入されてきた食文化でした。
 日本人はその新しい刺激的な味に魅せられていきました。次にメーカーが考えたのは、お腹がいっぱいになった日本人に「どうやって別のものを食べさせるか?」。そうやっていろいろなものを提供した後は、今度は娯楽で「どうやって楽しませるか?」になるわけです。食事、娯楽、趣味に没頭する人間は、社会や政治から意識が離れ、非常にコントロールしやすい「一般大衆」になります。
 こうしてメーカーの戦略や便利さと相まって、日本人の食は乱れていきました。もちろんそれを求めた消費者にも責任はあります。




なんか、私なんか「完全なる『一般大衆』に他ならない存在の人間」だとは思うんですけどねぇ、な〜んか、なんか、なんか、なんか…、ねぇ…


食事、娯楽、趣味に没頭しながらも(心や神経に栄養補給をしながら)、社会や政治から意識が離れることなく、非常にコントロールのし難い? コントロールに協力的な? 一般大衆でありたいなぁっていうか何ていうか…




ところで、よしもとばななさんといい、
村上龍さんのニューヨーク・タイムズへの寄稿文といい、

「英語」ってのも、気になるとこだなぁ…


英語を話せない私みたいな一般大衆ってのは、
どんどこおいてけぼりをくらうことになんのかなぁ…


ともあれ、よしもとばななさんのおっしゃるように

これからどんな状況になっても、笑いを忘れず、心の自由を失わず、勇気を持って対処していきたいと思っています。

だな。

まぁ、ばななさんのそれと私のそれとではかなり大きな隔たりがあるとは思うけれど、でもそこはどんなに隔たっていても違わないっていうような気もするし…


よしもとばなな公式サイト | 特別企画 | 2011年 3月24日
震災に対する各国プレス向けコメント
http://www.yoshimotobanana.com/special/


posted by itsuyo at 22:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき

2011/03/16 Wed

日本人として…

下記のおふたりのブログを私は普段からよく拝読しているのですが、
今のような時にはなおのことおふたりの書かれることを参考に、自分の為すべきを考え、静かに行動したいと思います。


内田樹の研究室
http://blog.tatsuru.com/


田口ランディ「いま、伝えたいこと」
http://runday.exblog.jp/



posted by itsuyo at 10:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき